実用化が進む「ARグラス」はリアル店舗の顧客体験（CX）をどう変える？

ARグラスの実用化はリアル店舗の顧客体験を大きく変革します。米国や日本で進む実証事業や製品投入を背景に、消費者の購買行動や接客の在り方が再定義されつつあります。AppleやMetaなどの大手企業が製品開発を加速させ、国内でも経済産業省や観光庁のプロジェクトが進行中です。

今後数年でARグラスは、店舗のCX戦略を左右する重要なテクノロジーになると考えられます。本記事では、実用化が進むARグラスについて、解説していきます。

ARグラスの普及が進む背景

ARグラスはここ数年で注目度を急速に高めています。その背景には技術革新と社会的ニーズの両方があります。

Appleが発表した「Vision Pro」やMetaの次世代スマートグラスは、従来よりも軽量で高性能になりました。視野の自然さや装着のしやすさが改善され、日常利用に現実味が出ています。

さらにGoogleもAR機能を持つデバイス開発を継続しており、大手が競う形で市場が動いています。日本では経済産業省がデジタル実装プロジェクトを推進しており、先端技術を社会に浸透させる取り組みが政策レベルで進行しています。

小売業ではIKEAが家具配置をシミュレーションできるAR体験を拡張し、店舗来店者の体験向上に取り組んでいます。Nikeは店舗での試着やサイズ確認にARを導入し、顧客満足度を高めています。

国内では観光庁が訪日外国人向けにARを活用した案内サービスの実証を進め、リアルな場面での活用が進展中です。こうした取り組みが普及の後押しになっています。

リアル店舗はオンラインと競合するなかで、体験価値を強化する必要があります。ARグラスはこの文脈で大きな役割を果たします。

ARグラスを装着した顧客は、商品を見ただけでレビューや在庫情報、価格比較などをその場で確認できます。従来スマホ検索に頼っていた情報取得が視界に統合されることで、購入判断がスムーズになります。

さらにキャンペーン情報や割引クーポンも表示可能で、購買意欲を高める仕組みとしても機能します。

店舗スタッフが顧客の視界に合わせて案内を行うことで、接客の質は一段と向上します。例えば、外国人観光客には自動翻訳された説明を投影でき、多言語対応が容易になります。

常連顧客には購買履歴に基づいたおすすめ商品を提示するなど、パーソナライズが可能です。結果として、顧客は「理解されている」と感じ、CX全体が向上します。

すでに国内外で実用化の動きが広がり、成果が報告されています。

IKEAはARを活用して家具を自宅に置いた際のサイズ感を確認できるアプリを提供してきましたが、店舗体験にも応用を始めています。来店者はARグラスを通じて商品の配置を仮想的にシミュレーションし、購買決定を支援できます。

米国のWalmartでは従業員用にARグラスを導入し、在庫管理を効率化。顧客対応に割ける時間を増やすことに成功しています。

観光庁の実証事業では、訪日外国人にARグラスを貸し出し、多言語での観光案内を提供しました。言葉の壁を超えた体験は評価が高く、観光満足度の向上につながっています。

飲食チェーンではメニューをARで3D表示し、料理の見た目や量感を分かりやすく提示しています。顧客は注文前にリアルなイメージを持てるようになり、結果的に注文単価が上がる効果も見られました。

ARグラスは単なる接客ツールにとどまらず、マーケティングにも影響を及ぼします。

ARグラスは顧客の視線や動線を記録できます。どの商品に注目が集まり、どこで離脱したかを把握することで、店舗レイアウトや陳列戦略を科学的に最適化できます。

従来のPOSデータに加え、視覚データが加わることで、より精緻なマーケティング施策が可能になります。

会員アプリと連携すれば、AR上で会員限定クーポンを提示したり、ゲーム感覚でポイントを獲得させたりできます。例えば「指定の売り場で商品を見つけると特典が得られる」など、顧客参加型の体験が実現します。

結果的に来店頻度や購買単価を高めることができ、ブランドとの関係を深める仕組みになります。

メリットが多い一方で、普及には克服すべき課題も存在します。

ARグラスの価格はまだ高く、店舗が一気に導入するのは難しい状況です。加えて、既存の販売システムやCRMと連携させるには開発コストもかかります。中小規模の事業者にとっては負担が大きく、普及スピードの壁となっています。

顧客の行動データや視線情報を扱うため、個人情報保護の観点が欠かせません。経済産業省や総務省はAIやIoTの活用におけるガイドラインを策定しており、ARグラスもその延長で扱われる領域でしょう。

利用者が安心して使用できるよう、店舗側の説明責任とデータ管理体制が求められます。

ARグラスは、商品選びを効率化し、接客を高度化し、マーケティングを強化する多面的な価値を持っています。AppleやMetaの製品投入、経済産業省や観光庁の実証などから見ても、その実用化は確実に進んでいます。

一方でコストやプライバシーの課題があり、導入には慎重な設計が必要です。リアル店舗の競争力を高めるためには、ARグラスをどのようにCX戦略に組み込み、顧客との信頼関係を築くかが成否を分けるでしょう。

次世代の顧客体験を実現する基盤として、ARグラスは大きな可能性を秘めています。